ルームクリーニングに起こされ、時計を見ると12時過ぎ。
急いで支度をしたら、Napier散策へ。
歴史
この町にヨーロッパ系移民が移り住んだのは1800年代半ば頃である。その当時現在のホークスベイ空港やマレワ地区のあたりは海水交じりの沼地であ り、当初は不衛生でコレラなどの病気が発生する可能性があるとしてあまり好まれなかったにもかかわらず、1900年代初期ごろから急速に発展していく。当 時は周辺の平地は荒天時には海水の洪水の危険性があったため人々は主にBluff丘に住み、そのため当時の町の中心部は現在よりも少し北側(丘より)に あった。洪水対策として立てられたのが高さ約50センチのコンクリート製のSea Wallであり、1892年に当時のネーピア刑務所の囚人を使って立てられた。その一部は現在も残っている。ネーピア刑務所はBluff丘の中腹に存在し た。今は刑務所はなくなりその建物は「刑務所バックパッカーズ」として観光客が泊まる事ができる。
1931年2月3日のホークスベイ(Hawkes Bay)地震によりネーピアは壊滅的被害を受けた。この地震で地盤が最大4メートル上昇し、沼地が耕作地や住宅地として利用可能となった。市街地の復興は 当時の建築意匠の流行であったアールデコ様式で統一して行われ、現在世界で有数の「最もアールデコ様式の建築物がまとまって残っている街」となっている。
海岸沿いのタイ料理店で、炒飯(stir fried rice)と焼きソバ(stir fried noodle)を頂く。
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